何時から?

おねえ、姉ちゃん、姉御、姉貴、姉さん、ねーねー……世界には色々な「姉」の呼び方があります。その全てが、「いかにして、姉の持つ魅力を最大限に発揮させるか」という先人の知恵であることなど既に語る必要すらないでしょう。
姉の持つ無限のポテンシャルを発揮するために、我々、人はその限りある人生を過ごしているといっても過言ではないのです…………

アキラ・H・タークス著 『「姉」との日々』より、序文




「君が視た、原初の姉とは何なのだい? よかったらでいいが、聞かせてもらえるかな?」
ふと気づいたかのように、光射さぬ部屋の中、身なりの良い男が目の前の男に声をかけた。街行く、十人が見れば十人全員に好感を与えるような笑みを浮かべながらである。
「ふむ……。……そうだな、確信しているとまでは言えないが、おそらくは“それ”なのだろう、というレベルだが……いいのかい?」
えらく気難しいそうな男であった。険しい顔の中からは威圧感以外に感じさせるものはない。上から下まで黒を基調においたスーツでかためているのも、その雰囲気に拍車をかけているのだろう。
「ああ、どんなものでもいいさ。君が何を感じ、そして何を思ってここまで過ごしてきたのか。知りたいからね」
「…………男に言われても、気色の悪いだけだな」
黒服はわずかに口を歪めた。苦笑、というやつである。
「あははは、そうかな? 好きな人間のことを、より知りたいと思うとは不思議なことかい?」
臆面も無く、身なりのいい男。
「……どの口がそれを言うのか、この詐欺師が。お前が騙した人間の数、熊野の鴉の鴉を殺してみろ。どれだけ、世界が静かになるか」
「ゆっくり朝寝がしてみたい、かい?」
口元だけ歪める黒服の、そんな彼なりに上等なユーモアを聞きながら、身なりのいい男―詐欺師―は笑いながら、答える。実に以外だった、この男のこんな台詞を聞けるだけで今日という日まで生きて良かった。心底そう思えたのである。
といっても、この男。日に三度は「生きてきて良かった」と思い、それをわかりやすく態度に表すので色々な人間に誤解を与えている、主な被害者は女性だ。それが、詐欺師の由縁のひとつでもあるが。本人曰く、「あはは、他の人が勝手に思い込んでいるだけなんだけどね」、である。
「で、その“おそらく”、ってやつを早く聞きたいんだけどね、僕は?」
「ああ、そうだったな……」
黒服は過去をゆっくりと想いながら、その女性のことを考え、口を歪める。
「…………その女性の名は“響子”、と言う」






それは大家さんであって、姉ではありませんよ?*1

*1:音無響子めぞん一刻のヒロインにして舞台「一刻館」の大家。未亡人。響子さんの台詞「ずっと言えなかったことがあるんです。本当はね…ずっと前から五代さんのこと好きだったの。」からはじまる台詞回しは高橋留美子作品の中でも屈指の名場面